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山本喜一

(左) 川上総合センターやまぶきホール展示作品
   「緑陰風ヲ詠ム」」

 

山本喜一

自然体の中で

 長い曲がりくねった山垣を登っていくと、
ともに折に杉林の姿が目につく。山は右へ回ったり左へ回ったりスクエアに旋回している様に見えるが、道はまだ登って行く。
 方向の意識が次第に薄れてゆくと車の中で孤り暇なら歌でも唄って最小限の奇声を上げ、気晴らしもできようが、最大限に自生する杉林には窮屈な空間しか残っていない様に見える。
 このようにして、私には匠の聚に辿り着くまでの回り道の、遠回りを経てもなかなか上手にならない己が陶技に重ね合わせてみる日々があります。今のところ、ここには日常の中で道聴塗説に悩まされながら不覚さだけが目立つ自分がいるのです。
木漏れ陽のなかで路辺の撫子がひとつの方向性を導いてくれさえすれば、山辺の道も愉快に歩くことが出来ようか?だからといってそんなに急いでいるのではなく、そろりそろりと仕上げてゆくロクロ目の壷のように、一癖二癖ありそうな揺らぎの中で真っすぐに保っている均衡があるように思うのですが。そして、いつか山花開くか、と壷の口の猶予を残して閉じる。
 出来上がった壷を見て、ふと目が覚める…まだ夢でもみているのかという思いの中、苦い思いのうす笑いをして洗面に向かうと、まさに目の前に夢の様なサクラとウメが一度に咲き、山吹が黄色く咲き始め雪柳が白く輝く現実の4月があった。
※道聴塗説 [どうちょうとせつ]
 道ばたで聞きかじったことを、 
 すぐにまた道ばたで自説のように、他人に話すこと。

 

経歴
1950年 大阪市生まれ
1980年 ミシガン大学留学
1981年 ロチェスター工科大学留学
1996年 河島浩三氏に師事、
      京都府宇治市炭山工芸村の工房にて作陶活動に入る